中国数千年の歴史の中でも最も有名な時代とは何時か……それは世紀185年あたりから280年あたりだろう
 その時代漢王朝と呼ばれる一族が政治を行っていたが、政治の腐敗により様々な人間が群雄割拠する時代に突入していた いわゆる三国志の話である

 そんな健安14年(209年)当時の中国の南のさらに南 荊州の長沙と呼ばれる場所で、一人の老人・黄忠がその場所を収めていた人間に殺されそうになっていた
 理由は至極簡単 長沙に攻め込んでいた劉備と言う人間に属している武将関羽の元に寝返ろうとしている、と疑われていたからである
 もちろんそれは誤解ではあるが、黄忠はその罪で殺されそうになっていた

「何をやっている!殺さねばお前たちも同罪ぞ!」

 長沙を治める太守韓玄は喚くものの、たくさんの兵や民に慕われていた黄忠を殺すことに兵たちは躊躇ってしまう
 その時、人を斬り付ける音の後に人が倒れる音が聞こえた
 その場にいた人間達は何事かとその場を見ると、仮面を付けた男が冷たい視線でしばし韓玄を見下ろしていたが、やがて黄忠に視線を向ける

「劉備ニ……下ルゾ……」

 仮面の男……魏延は一言 呟くように黄忠に言った


  反骨の相と呼ばれた男 前半


「諸葛亮、入るよ」

 劉備の軍に黄忠と魏延と言う強力な武将が入った次の年の健安15年(210年)、隣国ともいうべき呉では軍師周揄が若くして死に、劉備の軍には新たな軍師ホウ統も加わった
 それから数日後、そのホウ統が諸葛亮の部屋を訪問したのである

「ホウ統殿、どうかしましたか?」
「いやね、話に聞いたんだけど、魏延殿が劉備殿に付く事を、お前さんが反対したって話を聞いたもんだからねぇ」

 ホウ統の表情は頭からかぶっている大きな頭巾の上からは分からないが、その声から少々意地の悪さを感じることが出来る

「それで?」
「お前さんらしくないと思ってねぇ 魏延殿が「反骨の相」だと言うのを気にしてるのかい?」
「そうですね……彼がいずれ劉備殿に災いを……」
「あっしは気にしすぎだと思うんだけどねぇ……」

 諸葛亮の言葉にわざとらしい大仰なため息を尽きつつ、ホウ統は頭巾を取る その中には御世辞にも褒められたものではない顔が現れる

「諸葛亮、所詮顔は顔だ あっしだってこの顔で劉備殿に雇われない所だったからねぇ」

 ホウ統の言葉に思わず諸葛亮は苦笑いを浮かべる ホウ統はそれに気を良くしたようにさらに続ける

「それに魏延殿がいなきゃ黄忠殿もここにいなかったんだ 感謝しなきゃ駄目だねぇ」
「そうですね」
「まぁ、あんたがその時反対しなきゃ魏延殿は劉備殿の元に付かなかったかもしれないけどねぇ ともかく、魏延殿を変に疑うのは止めなさいな」

 言いたい事だけ言うと「邪魔したねぇ」とあっさりホウ統は諸葛亮の部屋を立ち去って行ったのである


「張飛……酒ヲ持ッテキタ……」
「オウ、魏延!よく来てくれたなぁ!」

 ホウ統の言葉が効いたのかどうか……建安28年(218年) 巴西と呼ばれる場所での張飛と張コウの戦いに、魏延を手伝いに行かせることにした

「我……ドウスレバイイ?」
「そうだったな 張コウを引っ張り出すために酒に酔っ払ったふりをしたいんだけどさ、お前は左翼に陣取って欲しいんだ 今夜赤い旗が見えたらこっちに突っ込んで来てくれよ」
「任セロ……」

 この戦いでは張コウに逃げられたものの、一年後の定軍山における戦いで、黄忠は魏延や趙雲、法正らと共に曹操の親戚である夏侯淵の首を得ることに成功したのである


 そんな中での黄初二年(221年) 蜀に衝撃が走った 劉備が敗戦における多数の兵の死亡におけるショックで病気になり、そのまま帰らぬ人となったのである
 その報は劉備の国・蜀の兵士・民・武将全てが嘆き悲しんだ その中でも魏延は悲しみに暮れ、毎日酒を飲んで彼の死を認めようとしなかった

「魏延殿、入るよ!」
「ホウ統カ……」

 その魏延の部屋にホウ統が訪問する お互い顔を隠す物のせいでその表情はうかがい知ることは出来ないものの、劉備の死は相当堪えているようだ

「何ノ用ダ……」
「酒臭いねぇ あっしに人の事は言えないかもしれないけどさ」
「五月蠅イ……」
「ま、劉備殿の事だろ? さっき黄忠殿も魏延殿みたいに酒をかっくらってたよ……」
「ソウカ」

 他の人間の事などどうでもいいと言いたげな魏延だったが、以前助けた老人の名前を出され、微妙にその態度を変化させる

「あの人は劉備殿と一緒に呉に行ったからねぇ 色々思うところがあるんだろうよ」
「ソウカ……」
「ま、戦になれば人間は嫌でも死ぬさ 今回はたまたま劉備殿だったってだけさね」
「…………」
「死んだ人間の為に生きてる人間が出来ることと言ったら、そーやって酒を飲む事じゃないと思うよ」
「酒飲ンデルオ前ニ言ワレタクナイ……」
「それだけ言えればある程度は大丈夫だね ま、これからも頼むよ」

 魏延の態度に満足したのか、ホウ統はそのまま魏延の部屋を出て行った
 それを確認した魏延は自分の剣を手に取り、素振りをする為に中庭に向かうのであった

 後編に続く

 あとがき
 ハイ グラーフ初のシリアスになりましたが、かなり難しいですね
 主人公は一応魏延のつもりだったのですが、あまり目立ってないな〜って感じですね
 ちなみにタイトルの反骨の相とは、謀反を起こすかもしれない人間の事を指します

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