「ん? 今はマツリだけか?」
「あ、は、はい……」
後もう数日で梅雨が明けるか明けないか、と言う6月下旬のある日
律太が生徒会の手伝いをする為に、透夜と稟の二人を連れだって生徒会室に入ったその時でした
彼らの目に、小さい木彫りの人形を布で磨いているマツリの姿が移りました
「瑠璃さん、それをとても大事にしてるんですね」
「ええ、この子とは幼いころからずっと一緒だったのですよ」
そんな真剣な表情に、稟は思わず呟きます
そんな稟の声が聞こえたのか、マツリは穏やかだけど、どこか真剣な表情をそのままに、稟に答えます
「カレハちゃんと一緒にお小遣いを貯めて、お揃いのを買ったんですよ 流石に18にもなって、人形遊びも無いのですが、入寮の際に思わず持ってきちゃいました」
そして、幼いころの出来事を思い出すかの様に、静かに語り始めます
「やっぱりマツリ先輩もカレハ先輩も女の子ですね」
「なぁ透夜……子供の頃、佳澄美と楓と桜が一緒にお人形遊びをしてたのを、良く見たよな」
「ああ、そうだな……」
「そーいや、なずなも小さい頃よく遊んでたな……」
「フフ……蘇芳さんやなずなさん達もですか…… 彼女達らしいですね きっと、彼女達もこうやって人形を磨くと、心が和んでいるんでしょうね」
そんなマツリの表情に、律太たちも幼いころから一緒に遊んでいた女の子達を思い出し、その表情を綻ばせます
「よし、コレで完璧…………アレ?」
そんなこんなで磨き終えたのか、その表情をほころばせた後……違和感に気付いたのか、ハタと表情を硬くします
「せ、先輩!そ、それに稟殿に風見さん! い、一体いつの間に!?」
「一体も何も……マツリよ、気付いてなかったのか?」
そして、その違和感の正体に気付いた後、あわあわと慌て始めます
「今日、坂上と小牧と真鍋が休むって内藤先輩から聞いたから、微力ながらお手伝いを、と思いまして 貴明と向阪にも後で来てもらう事になってます」
「そ、そ、そ、そうですか! じゃ、じゃあ、お茶を淹れる為、食堂からお茶の葉を分けてもらいに行きますので、お待ちを!」
稟がこの場にいる理由を話すと、マツリはギリギリと油のささってないロボットの様な動きをしながらも、機敏な速さで生徒会室を出て行ってしまいます
「凄いですね……あちこちの間接が動くなんて……」
「全くだ……実はもしかして、セリカが作ったやつだったりして……」
そんなマツリに、律太達はしばし呆然としていましたが、それ以上にマツリが磨いていた人形が気になり、律太はそれを手に取ってみます
律太の手で腕や足が動く人形の様を見て、稟は心から関心した様な声を上げ、透夜はこの聖地から東国にあるアガルティアの姫でもある、自身の親友が脳裏に浮かびます
「コンニチワ! ボクリツタクン!」
「……先輩……アンタ……」
「すまん、俺が悪かったから、そんな可哀相な人を見るような眼は止めてくれ……」
そして、その人形を目の前に持って行き、律太が一言……
その言葉に対して、稟は思わずずっこけて、透夜は絶対零度の視線を律太に向けます
そんな時でした……何と、その人形の首の部分が、ポッキリと折れたのでした!
ひだまりメイドラプソディー!外伝 生徒会役員の日常! 第五話 人形!(前変)
『…………』
透夜と稟、そして律太の三人は、その視線を人形に注ぎます
そしてその表情を全力で青ざめて行きます
『コノコトハ、オサナイコロカラズットイッショダッタノデスヨ』
『カレハチャントイッショニオコヅカイヲタメテ、オソロイノヲカッタンデスヨ』
『サスガニジュウハチニモナッテ、ニンギョウアソビモナイノデスガ、ニュウリョウノサイニオモワズモッテキチャイマシタ』
『キット、カノジョタチモコウヤッテニンギョウヲミガクト、ココロガナゴンデイルンデショウネ』
そして、その三人の脳裏に、マツリの言葉の一つ一つが次々とリフレインします
「ま、マズい……コレはマズいですよ、先輩……」
「あ、あぁ……確かにコレはマズすぎるだろ……」
律太と透夜の二人がアタフタと慌てふためくのを横目に、稟は落ちた頭部を拾い、それを本体にくっつけようとしますが、頭部はポッキリと落ちてる為、それが叶う事はありません
「な、成程……土見、それよこせ」
そんな稟の行動に、律太は業を煮やした様に、稟から人形を奪い取り、その頭部を無理やり付けようとしたのですが……
「あ……」
「「ど、胴体がぁッ!!」」
何と、その無茶が祟って、首から胴体の上半分がバッキリと割れてしまったのです!
「こ、こう言う時はにかわ! にかわを使えば!」
「た、確かに!び、美術室!いや、美術準備室に急ぐぞ!」
「は、はい!」
そんな状態に、三人はその表情をさらに青ざめますが……透夜の一言に、律太と稟は弾かれた様に、透夜と一緒に走りだしました!
そして数分後……なんとか人形の修理に成功を成し遂げた律太達は、マツリが食堂から戻る前に生徒会室に戻る事が出来ました
「お、俺達は最善を尽くした……ハズだ」
「で、ですね……」
「た、多分……」
息も絶え絶えに、人形を元にあった場所に置いた律太達……そんな時でした
「透夜、稟、何があったんだ?」
『!!!!』
その瞬間、それを見計らったかの様に、三人に声がかかります
背筋を凍らせながら三人が後ろを向くと……そこには貴明と雄二、そしてこのみの三人が生徒会室の中に入る所でした
「な、なんだ……貴明達か……驚かすなよ……」
「い、いや……驚かしたつもりはないんだが……」
「隊長隊長! なんか怪しいのですよ〜!」
その姿を確認した律太達は、心から安堵したかの様に溜息を吐きますが、逆にその態度がこのみの不信を買う結果となってしまいました
「確かに、チビ助の言う通りだぜ……何があった」
「何も無い」
「……雄二やこのみじゃないけど、何も無い、って感じじゃないんだけど」
「……何も無いと言っているだろ?」
「……わ、分かった……」
このみの言葉に同調する貴明と雄二でしたが、律太達の迫力に負け、結局それ以上何もいう事は出来ませんでした
そんな時、このみが律太達の後ろにある物……マツリの人形を発見します
「わ、人形だ! 懐かしい〜♪」
このみの一言に、貴明と雄二もその存在に気付き、それに近づいていきます
「ホントに懐かしいな……姉貴も良くコレで遊んでたっけな……」
「ま……マテ、向阪……!」
そして律太達の制止を無視して、懐かしそうに人形を持ち上げ、プラプラと軽く振って遊ぶ雄二でしたが……
何故か、その人形の足の部分がとれて、明後日の方向に飛んで行ったのです!
「なんだ? 取れたぞ?」
「お待たせしました〜」
しかも最悪のタイミング、その状況を狙ったかのように、お茶の葉を持ってきたマツリが、生徒会室に入ってきたのです!
『………………』
そして、そのマツリが見たのは勿論……足がもげた人形と、それを持っている雄二の存在でした
しかも、不幸はそれだけにとどまらず、律太達が応急処置をした(はずの)頭部がポッキリ折れて、それがマツリの足元に転がって行ったのです!
『……………』
そんな状態に、透夜と稟、そして律太は表情を青ざめつつ明後日の方角に視線をそらし、貴明とこのみの二人は責めるように雄二に視線を向けます
「あ、あぁ、すみません!」
「雄二……そんな軽い調子で謝るのは、ちょっとどうかと思う……」
彼女……マツリの瞳に映った、壊れた人形……それと同時に、自身が本当に悪いと思ってるのか思って無いのか、判断に困る雄二の顔……
「る、瑠璃さん! 落ち着いて!」
「クケエエェェェェェエエエエエエッッッ!!!!!!」
直後、雄二が見たのは……稟の制止を振り切って、凄まじい形相で自分に殴りかかる、瑠璃・マツリと言う姉のクラスメイトの姿でした
その後……稟と透夜、貴明とこのみ、そして律太が見たのは……凄まじい奇声を上げて、倒れた雄二に馬乗りになって殴り続けるマツリの姿でした……
「る、瑠璃さん!!」
「キィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「あ、いや、スミマセン…… ホンットすみません……」
我に返った稟が、そんな彼女を止めようとしますが……振り返ったマツリの凄まじい表情と、雄二の血が付いた拳に、稟は只謝ることしか出来ませんでした
そして……律太達は、心の中で雄二に謝罪を繰り返しつつ、貴明とこのみの二人を連れて、生徒会室を後にするのでした
数時間後……
「瑠璃ちゃん? 開けてください、瑠璃ちゃぁ〜ん!」
「瑠璃ちゃん、本当にどうしたんですか? 瑠璃ちゃん!」
「るーりゃ〜ん! ホンット、何が有ったんだよ〜! 開けてくれよ〜う!」
ひだまり寮にあるマツリの部屋の前で、彼女に声を掛けるルームメイトの三人……朝霧とささら、そしてカレハの存在が有りました
そんな彼女たちの声が聞こえているのかいないのか……マツリは中から鍵を閉め、只ベッドの中ですすり泣くのでした……
数重分後……勿論、鍵を開けて貰う事は出来たのですが……流石に無理やり開けるのも躊躇われ、カレハ達は結局他の友達の下に止まりに行くのでした……
そのマツリのすすり泣く声は、ひだまり寮全体に響き渡り、寮生全てにトラウマを植え付けてしまったのです……
次回に続く
あとがき
いや、今回は勢いに任せて書いてしまいました……(笑) 今回の元ネタは、ゲーム「うたわれるもの」と言う作品からです
ちなみに、今回のタイトル、前編では無く前変となってるのは、誤字ではありません わざとやってます(笑)