「……おーい、なずなー」

 学園祭も後数日となった、十月中旬のある日……
 彼女……なずなが澪に連れられて軽音部の部室に来てから一時間、なずなは自身の感情の赴くままに、律が普段使っているドラムを叩きまくっています
 その普段とは違うなずなに、律は思わず声を掛けてしまいます

「……なに、りっちゃん」
「……イエ、ナンデモアリマセン……」

 しかし、声を掛けられた方は、自身の負の感情を優先する声で答えます

(あー、駄目だ駄目だ、私が弱腰になってちゃ)

 普段からは信じられない位の不機嫌さを隠そうとしない親友に、律は自分の萎え掛けた感情を奮い立たせます

(つーか、澪! お前、連れてきたんなら手伝え!)
(いや、私に何をすれってんだよ!)
(乃莉や和と料理研究部の皆になんとかしてくれって頼まれたのはお前だろー?)
「りっちゃん、澪ちゃん、何してるの〜?」

 しかし、その前になずなを連れてきた張本人を連れ出し、この現状をなんとかさせようとします
 そして小声で話す二人の気持ちを余所に、唯は何時ものごとき能天気さでケーキ(風お手製 しかも5個目)とお茶(紬お手製)を粗食しています
 そんな唯の姿に、律と澪の二人は、一瞬唯に対して激しい殺意すら覚えてしまいます

「なずなちゃん、一旦休憩して、リムちゃん達が作ったケーキを食べましょう?」
「……うん……」

 そんな三人の気持ちとは別に、紬の一言で、なずなはようやくそこから立ち上がったのです


  ひだまりメイドラプソディー 第五十二話 いじめ?(後日談)


「んで……お前、マジに大丈夫か?」
「……」

 ようやくケーキに手を付けたなずなに対して、律はそれとなく聞きますが、なずなは只黙って首を横に振るだけでした
 なずなの態度に、澪は先日、律太と和に聞かされた事を思い出します
 それは奏がいじめられていた理由……なずなが今現在こうなっている理由が容易に想像出来る事でした
 内容だけで言えば、奏が孤児である、と言う事……それでいて、風紀委員長である瑞穂や、その婚約者である紫苑と仲良くしている、と言う事……
 話を聞いた時、澪は乃莉や奈三子と一緒に憤慨していた物の、なずなは一人その表情が違うのを思い出しました
 それが澪の勘違いでなければ、なずなのその表情は怒りでは無く、悲しみであるのだろう、と思っています

(多分……なずなには理解できない感情なんだろうな……)

 それが、澪と律に取って……否、なずなと言う女の子に友達と思われている者に取って、とても誇らしい事だ、と言うのが議論の余地が無い事です 少なくとも、澪と律は胸を張ってそう言う事が出来ます

「なずなちゃん、美味しいですか?」
「うん……リムちゃんも風ちゃんも、また腕を上げたかな?」

 そして、ようやくケーキに手を付け始めたなずなに、お茶を用意しつつ紬がゆったりと聞きます
 しかし、言葉とは裏腹になずなの表情は未だ晴れません

「でもなずなちゃん、ケーキは楽しい気分で食べると、もっと美味しいと思うよ〜?」
「お、おいおい、唯……今はそう言う問題じゃないと思うぞ……?」
「だって、その通りじゃん! 憂の作ったの食べてる時は、何時も楽しいよ〜? ムギちゃんのお茶も美味しいし〜」

 自分のこの主張は絶対正しい! そう言いたげにテーブルを叩く唯ではありますが……

「ふふっ……ふふふふ……っ」
「な、なずな?」
「もう……唯ちゃんってば……」
「ど、どうしたの〜?」
「ほっぺたに……クリーム付いてるよ……?」

 心から可笑しそうに笑うなずなに、唯は赤くなって、律と澪は安堵した様な溜息を吐きます

「まぁ、なんだ……あんま深く考えすぎるなよ?」
「なずなはそのままでいてくれ」
「あ……うんっ!」

 そして、雰囲気が柔らかくなったその時に、思わず出たような律と澪の言葉の真意を理解したなずなは、今まで二人が見たことのない様な最高の笑顔で頷くのでした

「ねー、みんな……今日のおやつはなにー?」
「さわちゃん……少しは空気を読んでくれ……」

 なずなが普段通りになったのは良いが……直後、軽音部顧問・さわ子がだらしない表情で入って来たのです


「おっ……」

 それから寮に帰ろうとしたその時、なずな達同様帰ろうとしていた透夜と遭遇します

「どーやらもう大丈夫のようだな」
「え……? あ……っ」

 そして、透夜がなずなの表情を見て、真っ先にそう言いました
 なずなには、その言葉の意味がすぐには理解できませんでしたが……理解すると同時に、なずなの顔は少し赤くなってしまいます

「ああ、そうそう……連中の処遇、紫苑先輩が決定した」

 そして透夜に挨拶をして、寮に帰ろうとしたなずなではありますが……不意に透夜が、なずなが不機嫌になってた原因の生徒の名前を出しました

「とりあえず、校則その他諸々には引っかかってる訳じゃないから、一応無罪放免……って事になった」

 透夜の一言に、なずな達は「まぁ、当然かな」と言う表情になりますが……透夜の「一応」と言う一言に、何かしらの続きがあると言うのも理解しました

「だが、それじゃ納得しない奴も出るのも事実だから、ってね……」
「?」
「とりあえず、一週間トイレ掃除となった それと、連中のリーダー格他二人が退学届を提出したんだが、それは何があっても受理せず、と言う事になった」

 そして、透夜の説明になずなと澪は納得しましたが……退学云々に関しては「コレでいいのかなぁ……」と思ってしまいます

「まぁ、つまりは人の噂も……ってね 連中も暫くは針の上のってぇ奴だ」
「「……」」

 ヒッヒッヒッ……と透夜にしては珍しい嫌らしい笑いに、なずなと澪はどうコメントして良いのか分からず、只顔を見合わせて溜息を吐くことしか出来なかったのでした……

 次回に続く

 あとがき
 久方ぶりに本編更新です いや、今回はかなりの難産でしたよ、真面目に
 にしても、オチの透夜は……これじゃあどっちが悪役なのか、分かりませんね
 それはそれとして、次こそ改めて学園祭編です 憂や青を始め、新キャラを何人か出したい所ですが……

inserted by FC2 system