日帰り旅行に行こうよ


 ゴールデンウィークの前半の2日目の夜のことだ。夜、秋子さんの作る美味しい夕食を食べていると真琴がこんなことを言ってきた。
“祐一〜。どこか連れてってよぅ〜” と…。そういや最近何やらかやらで忙しくてどこにも連れて行ってやってないなぁ〜とは思うものの、俺の小遣いを持ち出してはあれやこれやと買い食いする真琴に腹の立っている俺。
 ついでを言うとあゆと名雪も似たようなものだ。もっとも一言言ってから持ち出すようにと言っているのでその辺は楽なのだが…。
 叔母である秋子さんの家に居候するようになって4年が経つ。その間にもいろいろなことがあったわけだが、何とかやって来れたのはこの家の持ち主である水瀬家の面々のおかげかな? と思うわけだ。
 そういやこの間車を購入した。免許は高校卒業後すぐに取得し、俺の親に頼み込んで中古車を購入したわけだが、それがこの間とうとうお釈迦になってしまったわけで、新しく新車を購入したわけだ。
 展示場であれやこれやと見て回り展示場の人と値段の相談などもして5人乗りのワゴンタイプの車を購入したわけだ。
 もちろん全額アルバイトなどで貯めた俺の金なのだが…。それを知ってか知らずか真琴やあゆなんかによくドライブに連れていけ〜と言われる始末で…。
 まあ俺自身いろいろ見て回るのは嫌いじゃないし(と言うよりむしろ好きな方なのかも知れない)、運転のスキルの向上にはもってこいだったわけでぶつくさ文句を言いつつもあちこち連れて行ってやっているわけだ。
 そういうこともあってか休みになると、“どこかに連れていけ〜” と言われる。
 それは俺が大学の論文で忙しい時期でも言ってくるから骨が折れる。
 この間も俺が頭を抱えつつ課題に取り組んでいると真琴がやって来てそう言われた。“忙しいから出来ないぞ?” と言うと急にぷぅ〜っと頬を膨らませて“何よぅ〜、連れてってよぅ〜” と言いながらどこぞのアニメの主人公のように手足をわさわささせていた。
 鬱陶しかったが我慢して課題のほうに集中していると、“ケーチ、バーカ、おたんこなす〜” と捨て台詞を吐いて出ていった。
 まあもともとお子ちゃまで世間知らずな部分がかなりある真琴のことだからとその時は仕方ないな? と思いつつ論文の作成に時を忘れてのめり込んでいたのだが、翌日、大学へ向かう道すがら天野に北海道弁で文句を言われたことにはびっくりした。
 と言うかそれは俺の居候先の事情だ、と言うことをぶつぶつ言われてしまう。何でそんなことまで知ってるんだ? と上目遣いに見遣ってくる天野に問いただすとどうやら真琴が言ったらしく…。誤解を解くのに約半日を費やしてしまった。
 その晩真琴にグリグリ頭にげんこつを喰らわせてやったことは言うまでもない。

 まあそんなこんなで俺の苦手なものを知っていてなおかつそれを有効活用してくるんだから悪知恵が働くと言うか何と言うかだが、詰めの甘さからいつも最後にバレて秋子さんから注意を受けてしゅんとなってるよな? そこが何とも真琴らしいと言えば真琴らしいのだが…。
 で昨日の夜のこと。別段これと言って急ぐ課題もないし、たまの休みだ。家でゆっくりゴロゴロしたいわけなのだが…
 水瀬家三姉妹のキラキラうるうるした目にやられてしまい、断るに断りきれず結局車を出すことになってしまった。真琴の勝ち誇った笑顔に少々腹が立ったのは事実だ。

 で次の日、朝早く目が覚めた俺は同じく起きてきたあゆと一緒に階下に降りる。紅茶のいい香りが漂う。
 がちゃっと扉を開けるといつもの笑顔で秋子さんが、“おはようございます、祐一さん” と言う。それぞれに“おはようございます” と言い椅子に座って用意されたトーストにかぶりつく俺。
 ふと横を見れば糸目の従姉妹が半分眠りながらイチゴジャムのいっぱい乗ったトーストをうまそうに食べている。“イチゴジャム美味しいお〜…。くぅ〜…” なんて半分寝ながら食べてるんだから器用と言えば器用だよな? とここにきて4年経って改めて気づかされる。真琴は?
 と聞くともう朝一番に起きて車を磨いていると言うことらしい。普段は面倒くさがりなのに殊に遊びになると夢中になるんだからな? あいつは…。まあそこが真琴らしいと言うと真琴らしいところではあるんだが…。
 取りあえず朝食を食べ終わり、クイックで歯磨きをして服に着替えて表へと出る。天気は上々だな? そう思って新設した車庫に向かうと、どこからかすぅ〜すぅ〜と寝息が聞こえてくる。何だぁ〜っと思って見てみる俺の目に…。


「あらあら、気持ち良さそうに寝ちゃってますね?」
 そう言うと秋子さんはよいしょとばかりに真琴を負ぶる。まあ昨日から楽しみにしていてなかなか寝付けなかったんだろうな?
 そう思いながら車のドアを開けた。あゆと名雪には家の戸締りを頼んでおいた。もうそろそろ出てくる頃だろう。そう思うこと約1分。
 どこも異常がないことを知らせるかのようにあゆが手で大きく丸を作っている。俺が大きくうなずくと2人は嬉しそうに車のほうに駆け寄ってきた。
“真琴ちゃん、また寝ちゃったんだね?” とあゆが真琴の顔を見つつこう言う。“ああ、まあな? じゃあそろそろ出発するから席についてくれ” そう言う俺にあゆと名雪はうんと頷いて後ろの座席に各々の荷物を持って座る。荷物の中身は女の子特有のお菓子やらジュースやらなんだろう。そう思いつつ、背伸びを一つしながら秋子さんのほうを見る。秋子さんは負ぶった真琴を席に座らせようとして、あゆや名雪も手伝っていた。
 いや、どうせなら助手席に座らせて起きたときにびっくりさせてやりたい。そう思った俺は秋子さんに言って、真琴をお姫様抱っこのように抱くと、助手席に座らせる。
 後ろはリクライニングのようにして足を延ばせるようにしてあるので、少々ドタバタやっても大丈夫だ。
 いつもは後ろであゆとドタバタやっているからか前に来るとちょっと不思議な感覚になるのだが、これはこれで新鮮味があっていいんだろう。それにいつも後ろで“遅いわねぇ〜”だの、“もう少しスピード出せないの?”だのと文句ばかり言ってる真琴に、俺がどんなに頑張って運転してるのかを示すいいチャンスなのかも知れない。
 そう考えながらブルンとエンジンをかける。いつものように快調にエンジンはかかった。さ〜てどこに行こうかなぁ〜。取りあえず街を出てから考えるか。そのうちに助手席のわがままお姫様が目覚めて“どこどこに連れていけ” っていつもみたいに偉そうに言ってくるかもしれないしな?
 そう思いながら車は幹線道路へと続く道を走っている。ふと見ると早咲きの桜の三分咲きの桜並木が見えた。ここ北海道にもようやく遅い春がやってきたようだ…。

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